東京高等裁判所 昭和48年(う)287号 判決
被告人 三浦道夫
〔抄 録〕
被告人は閲覧のため貸出を受けた書籍を自己の所有物として利用するため持ち逃げしようと考え、原判示の日、同判示の国立国会図書館において、入館証の交付を受け、閲覧者を装って入館し、同所を退館する際には、入館証を返還し貸出書籍の返還をしたかどうかの確認を受けることになるので、目的とする書籍を返還しないで持ち逃げすることが発覚しないよう他の入館証を返還して退館しようと考え、前記入館証を紛失したと嘘をいってその再交付を受け、そのうちの一通を利用して、特別室において閲覧すべき同判示の書籍の閲覧を申し込み、その貸出を受けて閲覧したのち、閲覧係に対し「コピーをしてくる。」と嘘をいって特別室を出たうえ、館内のコピー受付に行きコピーの申込はしたもののコピーをすることもなく、そのまま右書籍を隠し持ち、他の一通の入館証を返還して退館し、右書籍を館外に持ち出して、自宅に所持していたことが認められる。なるほど、右のとおり、被告人は特別室で閲覧のための貸出手続をとって、閲覧係から右書籍を受け取っているのであるが、右書籍は被告人が特別室を出る際には返還することになっており、また仮に被告人がこれを持って特別室を出たとしても、退館する際には必ず返還したかどうかを入館証によって確認されることになっているので、被告人が閲覧係から右書籍を受け取った時点においては、同書籍はまだ右図書館の管理者が十分これを支配し得る状態にあり、その占有は右管理者にあって、被告人はまだ占有を取得したものとはいえない(被告人が嘘をいって入館証の再交付を受けた点は、閲覧のために貸出を受けた書籍を返還しないで館外に逃げ出すための準備行為に過ぎないから、未だこれをもって右書籍を騙取する手段としての欺罔行為であるということはできない。また、閲覧係に対し「コピーをとってくる。」と嘘をいった点も、被告人が特別室を出るための単なる方便または口実に過ぎず、前記のように、特別室を出ても右書籍の占有はなお依然として図書館の管理者にあり、被告人にその占有が移転するものではないから、右の行為も書籍を騙取する手段としての欺罔行為であるとはいえない。)。しかし、被告人は館内閲覧のために貸出を受けた右書籍を管理者の承諾なしにこれを隠し持ってその後館外に出たのであって、これにより右書籍の占有を自己に移したものといえるから、これが窃盗に当ることも明らかである。<中略>
被告人は前示犯罪一覧表4、5、9、11、14、15判示の各書籍はいずれも図書館の館外貸出の手続をとって、その貸出係から館外に持ち出すことを了承されてこれを受け取ったもの(もっとも、同11、14、15の各書籍は被告人が書架から取り出して貸出係のところへ持って行ったものであることが認められるが、それは貸出を受ける書籍を特定するためであって、その時書籍の占有が被告人に移ったものとは解されない。)であって、これは被告人が右各図書館の管理者の承諾なしに各書籍を自己の占有に移したものではないから、被告人がこれを窃取したものと認めることはできない。かえって、貸出係は被告人の身分証明書が真正なもので、貸し出した書籍は期限には必ずこれを返還してくれるものと誤信して各書籍を被告人に貸し出し交付したものであり、右の錯誤は被告人の欺罔行為によるものであるから、被告人のこれらの行為は検察官が当審で予備的に追加した訴因にあるとおり、詐欺に当るものといわなければならない。
(龍岡 西村 福嶋)